2007-04-02

「万年 東一 上・下」 宮崎 学 2005.6.      角川書店 各1,700円

「万年 東一」という存在は虚である。その虚の存在を縦糸に実の歴史が交差している。

 昭和13年に31歳の彼が戦前のきな臭い新宿あたりの愚連隊として頭角を挙げるのは、左翼の社会大衆党の党首安部磯雄を襲撃したからである。このことが最後まで万年の名をヤクザでもテキヤでもない愚連隊という存在を裏の社会に知らしめる。フイと上海に渡り「愚連隊」として泳ぎきる。帰国した彼を赤紙が待っていて、中国戦線へ逆戻りとなる。敗戦。焼け野原の東京・新宿。闇市をめぐるテキヤ・博徒の縄張り争い。万年に憧れて愚連隊になったという設定で登場する特攻隊上がりの安藤昇。事件も人も実際の名前で登場している。そんな意味で虚の縦糸に実の横糸と表現した。作者はフィクションだと断ってはいるが、巧妙にしくまれたノンフィクションといってもいい。こんな書き方のノンフィクションがあってもいいだろう。

 60年安保の際にデモ隊の指揮をとり方で野次馬として見物していた万年の目を見張らせた宮内我久と武術家にして学者の藤沢梵天(虚)と三人で、アメリカが介入したばかりのベトナムへと向かう。サイゴンに着いてすぐ、食堂に入ってまもなく銃撃戦に遭遇。そして、最後の一行はこうだ。

 「三人は、目を見合わせて、それから自分が目指した方向に、一斉に駆け出していった。」

 「宮内我久」という男:ひょんなことから万年に引き合わされての万年との会話。
「あれは、喧嘩の指示としちゃ、適切だったよ。学生なんかが、なかなか気づくことじゃねぇ。おめぇ、ガキの頃から、相当、喧嘩してきたな?」
「いまでもまだ、ガキのまんまですけど、喧嘩は随分やりました。」
「へぇそうかい。愚連隊か?」
「いえ、うちの実家、ヤクザなんです。親父が組長してまして、子供の時分から、しょっちゅうよその組と 出入りばっかりたってましたから。普通の学生よりは、喧嘩慣れはしてるとおもいます。」

 宮内学久は自分のことをガクと呼んでくれという。ミヤウチガク。宮崎学。宮内の語る経歴は実際の宮崎学の経歴なのだ。ここには虚のような顔をした実が登場している。以前に田中清玄という人物の聞き書き本を取り上げたことがある。「面白くない筈がない...」筈のつまらない本だった。作者の筆力の差か。膨大な資料を横に、自身の経験や哲学を削げるだけ削いだ結果の著書である。戦前と戦後の社会史として格好の教科書のように感じられた。

宮崎学の本:「突破者ー戦後史の陰を駆け抜けた50年」
      「幣ー中国マフィアとして生きた男」
      「アジア無頼ー幣という生き方」     その他未読書多々あり。

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