2006-08-07

「都市のアボリジニ~抑圧のはざまで」 鈴木清史   1995.2. 明石書店 2,600円 

 何年も前、東京大学の人類学の公開講座に出席した。最後の授業は頭蓋骨のオンパレードだった。ルーシーからトゥルカナ・ボーイ、ネアンデルタールにクロマニオン。チンパンジーからヒトに至るありとあらゆる頭蓋骨がスライドで提示された。其の上で次から次へと手渡されるレプリカの頭蓋骨。最後にこれは現代のヒトのと注釈付きで回ってきたのはアボリジニの人の頭蓋骨であった。現代?日本に当てはめれば明治維新後か?とすれば私の曽祖父の時代である。
 其の時 私の手の上に載っていたのは アボリジニの曽祖父の頭蓋骨だった。

1788年にイギリスの入植が始まり、しばらくしてアボリジニの人々を居留地に収容する“人道的政策”が行われた。居留地では、徹底的な白人同化教育がなされ、子供たちは寄宿生活と称して同じ居留地に住む家族(大人)から離された。それは信仰であれ言語であれ習慣であれ アボリジニであることを否定する教育であった。子供たちが白人社会で通用すると見なされると、女の子はドメスチックと呼ばれる白人家庭の使用人として雇われていった。居留地から出るには一定の条件さえ整えば可能であった。「良い性格で礼儀正しく、文明的な生活習慣を身に付け、正しい英語を話し、其の上 法定伝染病にかかっていない」ことを調査・確認し 条件を満たしたとされるアボリジニには許可証(アボリジニの間ではDog Licennceと呼ばれていた)が発行され、飲酒以外の殆どの権利を獲得できるようになる。その条件の中には一親等以上の親族と接触しないことも含まれている。血の記憶以外にアボリジニであることのなにもない人たちが都市を目指した。

 一般に白人の間で言われているのは、アボリジニは」呑んだくれで犯罪を犯す率が高いということだ。著書のなかのアボリジニの方への聞き書きにも「白人なら笑って見過ごされることも我々アボリジニだと逮捕される原因になる。」とある。「呑んだくれ」のことも、アボリジニだけではなく、なべて先住民に対して「白人」のとった態度は、低賃金で過酷な労働を忘れさせる為に、率先して安酒を勧めてきた歴史があることを忘れてはならないと私は考える。

 アボリジニは600以上の言語集団に分かれ、独自の文化を四万年以上も他の民族から離れて確立して暮らしてきた。だが、親(大人)と離され、自身の文化を否定する教育を受けて育ち、都市へ向かったアボリジニの人々が民族としての共通の認識を持つのは難しかった。
 1967年の国民投票によって、やっと国勢調査の対象としての市民権を得た。が、1970年代になっても夜10時以降の外出」は尋問の対象であり、それだけで留置される理由となった。1960年代になってから、アボリジニ児童の寄宿舎への強制収容や白人家庭への里親制度が廃止された。混血のアボリジニが増え、都市へ流入する数が多くなり居留地制度を解体せざるをえなくなっていった。

 ほんの200年の間に、都市部で暮らすアボリジニの数は全体の80%にもなり、金髪で青い目のアボリジニからあらゆる段階の皮膚の色をした混血アボリジニが暮らしている。合法的な婚姻がその原因の全てではない。辺境のアボリジニ」でも純血のアノリジニという民にであうのはまれであるという。また根強い人種差別の残る社会で、先住民に対する優遇処置を受ける為の「アボリジニとしての証明」が難しくなってきつつなっているともいう。圧倒的多数の「白人」の定義する「アボリジニ」の条件を満たすことの困難さ、都市であろうと辺境であろうと、アボリジニでありたいという意識の高まり、同時に 外見的にも文化的にも白人化しつつある現実。単一ではない言語や文化を「一つのアボリジニ文化」として学習しなければならない現実。それが都市のアボリジニの抱える課題であると、著者は言う。

 この著書は民博で1970年代終わりごろから行われたアボリジニ研究の中で、都市のアボリジニをシドニーに尋ねてまとめたものである。一連のフィールドワークから次に挙げる著書が刊行された。合わせて開いてみて欲しい。 松山利夫 「ユーカリの森に生きる」NHK出版、小山修三「狩人の大地」雄山閣。また昨年、窪田幸子氏の「アボリジニ社会のジェンダー人類学ー先住民・女性・社会変化」世界思想社 3,900円は アーネムランドに生きる人々の報告書として理解を深めるのに役立つ好著である。アボリジニの教育調査をしながら親しく交わった新保満氏の「悲しきブーメラン・アボリジニの悲劇」未来社 は等身大の生活を描いている。

:アボリジニの人々の「白人」の定義は、アボリジニではない人たちのことである。またここでは先住    民という時、大陸の先住民をいう。パプア・ニューギニアとオーストラリア北東部との間にある海峡に点在する諸島民は「トレス海峡諸島民」と呼ぶ。          

No comments:

Blog Archive