2006-12-09

「大地の咆哮ー元上海総領事が見た中国」 杉本信行 2006.7. PHP研究所 1,700円

 初めて中国へ行ったのは1979年3月、夜遅く北京に着いた。市内まで暗い道をバスが行く。広い道の交差点には裸電球が吊り下げられていて、人が大勢歩いている。全ての職場は3交代だからとのこと。3~5階建ての大きな建物の窓ガラスは割れたままであったり、ところどころぼんやりした灯りが見える。やっと開放が政策として始まったころで、外国人は日本でいうパンダ並の奇異な動物として見物の対象だ。トルファンなどのシルクロードを訪ねた。それから2000年までに何度も少数民族を訪ねて地方を旅した。

 山を幾つも越えてやっと車の通れる道が出来た村。水は竹や木の樋で山からひいて来る。電気もまだの土地が多かった。細い電信柱が道の端にたっている。電線はない。通訳の中国人に尋ねるとこう答えた。地方の人は教育がないから盗むのだそうだ。公のものは所有者がいないから貰っても気にならないのだと。公衆に係わることについては 工夫するとか改善するとかの意識は皆無のようだ。生ゴミは店のそとに放り投げる。共同厠所は使用に耐えられない。バスや路面電車に乗るときに並ぶという事はしない。生活のすべてがわれがちになのだ。

 大きな都市に近づくと工場からの色とりどりの煙が煙突から勢いよく噴出している。河は汚染された水が泡を巻き上げて流れている。建築現場や道路工事で働いている男達は私服。革靴や穴のあいたスニーカー。
老朽化した工場では劣悪な環境で、生産効率がいいとはお世辞にもいえない。環境破壊はすさまじい。
 
 現代の中国がかかえる最大の脆弱性は、国民の貧富の差。それと地域間の格差。都市と農村の間の差別感情。東京などより凄い林立する高層建築物。超豪華なホテルから地方の招待所まで泊まったが、部屋の水回りの完全に施工されているところはなかった。壁や床の亀裂へと滴り落ちた水が流れていく。見かけは豪華だが仕事はやっつけ仕事、職人の仕事ではない。

 この著書のなかで溜息と共に活字になっているのは、「何故、中国は気づかないのだろうか」ということだと思う。あまりにも広大で、あまりにも多い人口。殆ど現金収入のない地方の奥に住む少数民族。いままで中国の人が書いた「現代中国の悩み」の本を随分読んだ。ジャーナリズムという歴史のない、あるいはその教育のない報告は正直なところ、気の毒とは思うが説得力が弱い。なにもかもが桁外れなのだ。

 杉本氏のこの著書の中で述べている「水」について述べよう。中国で豊かな水資源のあるのは江南の地、揚子江の潤す土地と砂漠のオアシスだろう。黄河の水は無いに等しく、大きな河川は勝手にダム建設で水を取り込む。中国の年間平均降水量は660mm、日本の四割程度。使用可能な水資源保有量は世界第四位だが、一人当たりの水資源量は世界の一人当たりの平均量の四分の一。「貧水国」なのだ。
 
 驚くべき統計が紹介されている。降水の五分の四は南部に、耕地の三分の二は北部に。降雨量は夏と秋に集中し、夏の四ヶ月の降雨量が南部では年間降雨量の60%、北部では80%、このため水資源の三分の二は洪水として流失してしまうし、夏の豪雨を溜めようがない土地が多い上、黄土高原では樹木が極端に少なく、保水能力が乏しい。沿海部の都市や北京での水消費は増加し続け、地下水の汲み上げから地盤沈下をもたらしている。都市部での水不足の解消には農業用水をあて、また工業用水にはやはり農業用水をまわす。同じ量の水を消費しても工業製品は価格にして70倍もの価値があるからという理由で。
 その結果、農民が生活に使う水の確保もままならない土地すら出てきている。人口増加に伴い水消費は増加する上に、生活が豊かになれば肉や野菜の消費も増える。水の絶対量は増えない。地下水の水位が70mも下がった山西省の例も報告されているという。水難民が出始めている。水の浪費も問題だという。大都市での水道管からの漏水は20%にも及び、また工業面でいえば、先進国で1トンの鉄鋼を生産するのに平均6トンの水を使うが、中国では20~50トンに水を使う。紙の生産でも2.5倍に水を使う。設備の改善が早急な問題になってきている。

 温暖化による生態系の破壊、気候変動などによる砂漠化が着実に進行している。中国の砂漠地域の面積は国土の28%にもなり、90年代には毎年神奈川県の面積に相当する面積が砂漠化していたし、現在ではもっとその速度が加速し、毎年大阪府の二倍の面積が砂漠化している。飛行機からみる北京はオアシスなんだと実感できるし、砂漠は18kmのところまで迫っている。

 著者はこの本の目次に、「中国との出会い・尖閣諸島問題・経済協力について・台湾人の悲哀・対中ODAのこと・搾取される農民・反日運動の背景・靖国問題・転換期を迎えた中国の軍事政策」をあげている。

中国で問題なのは、差別・教育、それに公共という概念だろう。
 農村と都市の間の法的な裏づけのある身分差、貧富の差は仕方ないとしても。あって無きが如きの義務教育。三権の独立性、わけても司法の独立。国政に加わっていない黒子の存在。環境破壊についての認識。
 中国は大きすぎるのかもしれない。広すぎるし、人口も多すぎる。世界中の環境の見本市のような自然。どんな意味においてもコントロール不可能なことを認めようとしない政府。もしかしたら、人類の生存の鍵は中国が握っているのかもしれないと思う。
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中国人留学生の話:弁当屋にバイトに入ったという情報が流れると、友人や友人の友人は弁当を買いにいく。知り合いがくると何も言わなくても一ランクも二ランクも上の惣菜をサービスするから...

スーパーの地下の食堂で:札幌ラーメンとかコーヒースタンド、クレープ屋と並んで本場中国の味と称して店ができた。しばらくすると中国人の女性が一人で切り回すようになった。一服するのにその食堂の隅で一息入れていると嫌でも目につく。いつ行っても知り合いらしい人が何人かテーブルを囲んでいる。頼んでいないのに料理が次々運ばれる。中国茶も。店の女性も一緒になって中国語でおしゃべりに夢中。日本人の客が何かを注文している姿は見たことが無かった。

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